触媒活性を有するホスフィンスルフィド配位子を用いることによってPd(II)錯体でありながらPd(0)に匹敵する高い触媒能をもつ空気中で安定なPd触媒を開発
ホスフィンを配位子としたPd(0)錯体は様々な炭素ー炭素カップリング反応に対し優れた触媒として用いられています。しかしながら空気中で不安定であることが、工業的利用に対する欠点となっています。ホスフィンスルフィドがPd(0)もPd(II)も安定化できることに着目して、空気中で安定なホスフィンスルフィド二座配位子(p2S2)を2分子持つPd(II)錯体を合成しました(Fig. 1)。三座ホスフィンp3や四座ホスフィンpp3を有するPd(II)錯体を、炭素ー炭素カップリング反応に用いた場合、Fig. 2に示すように誘導期間ののち緩やかな触媒活性を示しますが、今回合成した[PdII(p2S2)2](BF4)2はPd(II)錯体でありながらPd(0)錯体[Pd(PPh3)4]に匹敵する触媒活性を有します(Fig. 2)。
有効な工業的利用を実現するために、空気中で反応に用いることができ、再生再利用可能な固体高分子Pd(0)錯体触媒を開発
工業的利用に適した触媒の条件として、空気中で反応ができ、触媒が劣化せずに再生再利用ができること、回収が容易な固体触媒であること等があげられます。本研究ではホスフィンスルフィド高分子にPd(0)を配位させることにより(Fig. 1)、これを実現しました(Fig. 2)。さらに、繰り返し用いることにより触媒が酸化等の劣化を受けた場合も、硫黄と反応させることによって触媒を再生させることもできました。
空気中で安定なPd(I)-Pd(I)二核錯体のPd(0)、Pd(II)への不均化反応を触媒反応に応用
配位子を工夫することによって、空気中で安定なPd(I)-Pd(I)二核錯体が合成できます。これらの二核錯体で、Pd(0)とPd(II)に不均化しPd(0)触媒として機能するものを合成することができました。さらに触媒反応終了後、再反応して安定なPd(I)-Pd(I)二核錯体を再生する可能性も示唆されました(下図)。本研究では、ホスフィンスルフィドやトリアゼニド等の配位子を用いてPd(I)-Pd(I)二核錯体を合成し、不均化反応や再生反応のメカニズムを検討し、空気中で安定で再生再利用可能なPd(I)-Pd(I)触媒の開発を行っています。
NMRキラルシフト試薬の開発とその食品や農薬の分析への応用
食品中に含まれる天然の有機酸やアミノ酸はL体ですが、人工添加物中ではほとんどの場合DLラセミ混合物です。そこで、光学異性体を個別に同定するための、クロマトグラフ法やキャピラリー電気泳動法が開発されてきました。しかしながらこれらの方法は混合物である実試料分析においてはシグナルの重なりが分析の妨げになります。また、シグナルの流動速度は実験条件によって大きく変化するため、標準試料によるシグナルの帰属が必要となります。一方、NMR法は分子中のそれぞれの原子についてシグナルが観測されるため、全てのシグナルが重なることはなく、混合物の分析には適しています。また、既知化合物なら標準試料なしで化学シフト値から化合物の同定ができます。そこで、キラルシフト試薬を用いた光学活性体のNMR分析が考案されてきました。しかしながら、現在用いられているキラルシフト試薬は高価な合成多座配位子を有するランタノイド錯体が主流です。さらに、現在通常使用されている超伝導NMR装置は大変高価で、液体ヘリウムや液体窒素を冷媒として使用しているため、維持費も高く、装置を移動して現場で分析することは不可能です。また、磁場が大きいほど、常磁性金属イオンの影響でシグナルの広幅化が顕著になり、キラル分離分析の妨げになります。そこで本研究では、NMR法の利点を食品の真正証明や農薬のその場分析に利用するために、安価な光学活性アミノ酸や有機酸を用いて、分子中に不斉点を複数持つキラル識別能が高い配位子を開発し、磁気異方性が大きいランタノイドイオンを用いて微量の試薬で分析を可能としました(下図)。最近開発された可動式の卓上NMR装置(下図)を用いれば、その場分析も可能です。
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抗腫瘍剤や触媒として用いられるハーフサンドイッチ型アレーンRu(II)およびRh(III)錯体の反応機構の解明
ハーフサンドイッチ型アレーンRu(II)およびRh(III)錯体は、その抗腫瘍活性や触媒作用から注目を集めています。しかしながら、生体関連物質との錯形成反応や置換反応に関する機構論的知見はほとんど得られておらず、薬剤を開発するために生体内反応を予想する上でも、これらの錯体の反応機構論的研究は必須であります。さらに、これらの錯体は幾何配置としては四配位四面体構造をとりますが、六配位錯体の電子状態を有しています。従ってこれらの反応機構を解明することは錯体化学的にも重要です。本研究の結果、アミノ酸等のドナー原子が会合的に求核攻撃して反応が進行する場合と水分子等による加溶媒和分解が律速となる二つの反応経路が存在することがわかってきました。
Pd(II)を用いたオルトヨウ素化反応のメカニズムを明らかにすることにより、反応効率を向上させ、さらにはPd触媒による炭素ー炭素カップリング反応との連続反応も開発
芳香族化合物の位置選択的ヨウ素化反応は、有機合成上きわめて重要です。本研究ではPd(II)を触媒とした、ヨウ素による芳香族のオルトヨウ素化反応のメカニズムの詳細を解明することによって、ヨウ素化反応の正確な条件設定を可能にすることを目的としています。さらには、炭素ー炭素カップリング反応を行う基質を共存させておくことにより、Pd(II)が前還元されて触媒として機能するヨウ素化ー炭素ー炭素カップリング連続ワンポット反応(下図)を開発を目指します。
ジホスフィンスルフィドがPd(II)やPt(II)存在下でアルコールと反応してアルコキシホスフィンを生成する新規反応を発見
ホスフィンはPd(0)触媒等の配位子として有用です。Cu(I)を触媒としたホスフィンの合成反応(Eq. 1)を検討している過程で、ジフェニルフォスフィンと1,2-ジブロモアルカンとの反応でジフォスフィンが得られる(Eq. 2)ことがわかりました。このジフォスフィンを硫黄化することによって得られるジフォスフィンスルフィドはPd(II)あるいはPt(II)錯体存在下でアルコールと反応してアルコキシドホスフィンスルフィドを生成することが新たにわかりました(Eq. 3)。この反応のメカニズムの詳細と新しいフォスフィン合成反応への応用を進めています。
會澤宣一教授
Sen-ichi AIZAWA, Professor
略歴
1989.3 筑波大学大学院博士課程化学研究科修了(理学博士)
1989.4~1990.8 アメリカ合衆国・シンシナチ大学化学科 博士研究員
1990.9~1996.7 名古屋大学理学部 助手
1996.8~2000.3 静岡大学工学部 助教授
2000.4~2007.3 富山大学工学部 助教授
2007.4~ 富山大学工学部 教授 現在に至る
学位・資格等
理学博士
高等学校教諭一種免許(理科)
専門分野
無機化学、錯体化学、機能物性化学
主な業績
金属錯体の新規反応機構の解明
金属錯体の熱力学的および速度論的安定性を律する要因の解明
再利用可能で空気中で安定な新規金属錯体触媒の開発
光学活性を利用した新機能性金属錯体の開発
プロフィール
Alfred Wernerが錯体化学の扉を開いて以来、基礎から応用までのあらゆる分野で、錯体化学は加速度的に進展してきました。しかしながら、金属(イオン)、配位原子、錯体構造の組み合わせは無限にあり、そこから導出できる物性や機能は将来的に枯渇することはありません。したがって、錯体化学が我々の未来に与えることができる影響も無限の可能性がありあます。この無限の可能性を開拓できるのが、錯体化学です。
この錯体化学に魅せられて、当研究室では新規金属錯体の分子設計、合成、反応機構の解明、新機能の開拓を目的として研究を行っています。
特許番号:5135582「パラジウム錯体及びその製造方法、触媒並びに反応方法」2012.11.22
東海化学工業会賞(2000)
科学研究費補助金
基盤研究(C) 2018~2020年度「永久磁石低磁場NMRの分解能向上に有効な化学シフト拡張試薬の開発」(代表)
基盤研究(C) 2015~2017年度「NMRを用いた簡便な食品真正証明システムの開発」(代表)
基盤研究(C) 2015~2017年度「糖光学分割のための新規キラル場の構築とL-糖の探索」(分担)
基盤研究(C) 2011~2013年度「金属貯蔵反応場を与える再利用可能なかご型ホスフィンスルフィド錯体触媒の開発」(代表)
基盤研究(C) 2011~2013年度「〔金属イオン-配位子〕カクテルを用いた新規なキラル配位子交換法の開発」(分担)
基盤研究(C) 2008~2010年度「植物及び食品中におけるL-糖の探索」(分担)
基盤研究(C) 2005~2007年度「キラル配位子交換法の新展開-ボロスピラン形成に基づく光学分割法の開発」(分担)
基盤研究(C) 2003~2004年度「重金属を分離、濃縮、同定、回収できる有機分子透過型高分子錯体薄膜の合成」(代表)
基盤研究(C) 2000~2001年度「三角両錐型パラジウム(II)錯体のL-システイン残基認識能のペプチド分析への応用」(代表)
基盤研究(C) 1997~1998年度「金属錯体の溶液内反応におけるエンタルピー変化および活性化エンタルピーの定量的評価」(代表)
一般研究(C) 1994~1995年度「アルドン酸―ホウ酸―金属イオン三元系の金属イオン選択能の解明と応用」(代表)
一般研究(A) 1992~1994年度「錯形成反応機構の解明と速度論的分析法の開拓」(分担)
その他の研究助成
富山大学産学交流振興会実用化研究 2015年度「地域食品産業の発展に寄与するNMRキラルシフト試薬を用いた食品真正証明システムの開発」
富山大学産学交流振興会実用化研究 2014年度「地域食品産業の発展に寄与する実用的なNMRキラルシフト試薬の開発」
富山県ひとづくり財団研究助成 2014年度「富山の良質な食文化の維持と食の安全の保障に寄与する実用的なNMRキラルシフト試薬の開発」
富山第一銀行奨学財団研究助成 2011年度「富山の食文化の維持向上と食の安全を確保するための食品真正証明システムの構築」
田中貴金属研究助成 2007年度「簡便に再生・再利用できる工業化に有効な抗酸化型貴金属錯体触媒の開発―貴金属錯体触媒による有機材料合成の工業化に向けて―」
クリタ・水環境科学振興財団研究助成 2002年度「金属錯体薄膜を用いた排水中の重金属の選択的分離・濃縮」
倉田奨励金 1994~1995年度「エチレンジアミン中における新規溶液内反応の開発」