なぜ痛みは長く続く(慢性化する)のか?
「痛み」は,我々の身体にとって必須の感覚であり,「生体の警告」という重要な意味を持っています。すなわち,われわれは「痛み」を感じることで,身体の異常を気づくことができ,怪我や病気の治療を早めることができます。痛みという感覚がなければ,怪我や病気の治癒が遅れ,生命の危険につながってしまいます。このように「痛み」は生命活動に重要な役割を担います。
一方で,生命活動に必要でない痛みも存在します。末梢神経や中枢神経が障害されたり圧迫されることで起こる「神経障害性疼痛(帯状疱疹後神経痛や坐骨神経痛など)」などの長く続く痛みがそれに該当します。これらの痛みは,本来の疼痛意義である組織障害の警告という意味は失われており,苦痛としての痛み自体が障害となり患者の生活の質(QOL)の著しい低下を引き起こしてしまいます。現在のところ慢性疼痛に有効な副作用の小さい鎮痛薬は少なく,痛みが慢性化するメカニズムも不明な点が多いことから,「慢性痛のメカニズムの解明」「新しい鎮痛薬の開発」「ヒトの慢性疼痛に適した動物モデルの確立」が課題となっています。
当研究室では,様々な慢性疼痛モデルマウス(炎症性疼痛,坐骨神経障害性疼痛,帯状疱疹後神経痛,癌性疼痛,化学療法誘発神経障害性疼痛,偏頭痛など)を作製し,行動薬理学・遺伝子工学などのさまざまなテクニックにより,痛みが慢性化するメカニズムの解明に取り組んでいます。
工学部から新しい鎮痛薬・鎮痒薬の創薬を目指す!
痛みや痒みの慢性化に関わる分子を同定し,それに対する阻害剤等の生体機能性分子の設計・合成・行動薬理学的評価を行い,新しい治療楽の創出に取り組んでいます(生体機能性分子工学研究室との共同研究)。現在,当研究室で明らかにした2つの新しい疼痛・掻痒関連タンパクに関して,その拮抗薬・阻害薬の開発を進めています。
最近,我々のグループはPACAP(Pituitary Adenylate Cyclase-Activating Polypeptide)とその受容体であるPAC1受容体が痛みの慢性化において極めて重要であることを見出し,in silicoスクリーニング(コンピュータを用いた候補化合物の探索)と細胞およびマウスを用いた薬理学実験を行い,新規PAC1受容体小分子アンタゴニストの開発に成功いたしました(Takasaki et al., 2018)。当化合物は,種々のモデルマウスにおいて鎮痛作用を示すことをすでに明らかにしています(Takasaki et al., 2018)。
なぜ痛みは不快なのか?そのメカニズム解明と創薬を目指す!
痛みによる「不快な情動体験」は,痛みの生体警告系の役割として重要な役割を担っています。しかしながら,神経障害性疼痛のように,疼痛が長期間持続するような場合,痛みによる「不安」,「うつ」などの不快な情動は,患者のQOLを低下させ,精神疾患の一つの原因にもなり,さらにはこの不快な体験によって痛みがさらに悪化するという悪循環を引き起こしてしまいます。したがって,痛みの感覚を取り除くような鎮痛薬だけではなく,情動的側面からの慢性疼痛治療アプローチは非常に重要な課題であるといえます。
マウスの坐骨神経を損傷させて作成する神経障害性疼痛モデルマウスでは,損傷足の痛み反応が長期間続くとともに,オープンフィールド試験における中央部滞在時間が減少します。健常マウスは,フィールドを自由自在に動き回りますが,疼痛マウスは壁に沿って移動する時間が増え,これはマウスにおける不安様行動を意味します。当研究室では,このような痛みの情動的側面からの慢性疼痛治療アプローチとして,痛みによる情動メカニズムの解明と創薬に関する研究も行っています。
世界初のモデルマウスを用いたオリジナリティーの高い研究
帯状疱疹は,感覚神経節に潜伏感染していた水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-zoster virus, VSV)の再活性化によって,皮膚に帯状に皮疹が生じる疾患です。帯状疱疹の痛みは非常に激しく,夜も眠れないほどの激痛を生じます。また,帯状疱疹の皮膚病変が治癒したあとでも,皮疹部位やその周囲に,ピリピリとした痛みが持続することがあります。この痛みを,帯状疱疹後神経痛といい,服がこすれる等の通常では痛みをもたらさない刺激によっても痛みを感じてしまう“アロディニア”を大きな特徴とします。これら痛みのメカニズムは完全には明らかになっておらず,また有効な鎮痛薬が少ないのが現状です。
マウスに単純ヘルペスウイルス1型(Herpes simplex virus type-1, HSV-1)を経皮接種することで,世界で初めて「帯状疱疹痛モデルマウス」(Takasaki et al., 2000)と「帯状疱疹後神経痛モデルマウス」(Takasaki et al., 2002)(総説はこちら)の開発に成功いたしました。これらモデルマウスを用いて,疼痛メカニズムの解明と新規鎮痛薬の開発に取り組んでいます。
mRNA, microRNA, lncRNAなどの網羅的発現解析の共同研究はこちらへ
Affymetrix社GeneChipシステムを用いた遺伝子発現(mRNA,miRNA,lncRNAなど)の共同研究を行っています。ヒト,マウス,ラットに限らず様々な生物種の組織・細胞における遺伝子発現の網羅的解析を受託いたします。詳しくは髙﨑までご連絡ください(takasaki(@)eng.u-toyama.ac.jp)。
髙﨑 一朗准教授
Ichiro TAKASAKI, Associate professor
略歴
学位・資格等
専門分野
主な業績
研究業績(学術論文,学会発表等)はこちらから
プロフィール
担当講義
受賞歴
所属学生(合計18名)
プロフィール
M2 3名
M1 4名
B4 6名
B3 5名
(2022年12月現在)